音楽三昧♪ペルーな日々【3】ラテンアメリカにひろがるクエカーマリネラ文化圏 水口良樹

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 ペルー発の音楽で、各地で非常に愛されている音楽がある。それも、いくつもの国で「国民音楽」とまで呼ばれる愛されようである。今回は、そんな音楽の歴史と今の多様な姿を追いながら、ペルー音楽のさらなる魅力に迫っていければと考えている。
 その音楽は、現在ペルーでマリネラと呼ばれている。「国民音楽」や「国民舞踊」的存在として語られ、実際その華麗な踊りには目を見張るものがある。
 マリネラの踊りは、右手にハンカチを持った男女のペアによって踊られる。複雑で華麗な足さばきや目まぐるしく舞うハンカチ、踊りのスピード感は、踊り全体を貫く恋をテーマとした駆け引きの中で効果的に表現され、熱い視線と時に笑いを誘う茶目っ気あるしぐさ、緩急ある音楽とステップで男女の関係を見事に表現する。それだけに踊り手の資質が問われるものであるが、踊りがうまいペアの踊りは、見る人をわかせ、楽しい気分にさせる、パーティーに非常に適した音楽である。女性の気を引こうとする情熱的な男性と、思わせぶりな態度や急につれなくして見せたりする女性との恋の駆け引きの表現が、踊りの中で余すところなく発揮され、最後のキメポーズまで美しく彩られる様は、ペルー大衆文化のしたたかさと強さ、そしてロマンティックな憧れを強く印象づける。
 踊りと不可分の要素として発展してきた音楽は、もともとギターとカホンと呼ばれる黒人起源の箱型打楽器で演奏されてきた。リズムを切るギターのストロークに重ねて、甘く響くメロディーギター。そして伸びやかに歌が重なり、踊りは歌声と一体化するように緩急つけて踊られる。音楽の起源はまさに混血の音楽であり、イベリア的なハンカチを伴った踊りと八分の六拍子の音楽に、黒人的なリズム感やコール&レスポンスの要素が加わり、人によっては先住民的な要素も少なくないと語る。近年はブラスバンドによる伴奏が大きなステージやコンクールでは好まれて用いられるようになり、各地のブラスバンドがこぞってマリネラを演奏している。現代では踊りの難易度の高さから踊れる人の数が少なくなっているが、マリネラ・ノルテーニャのダンスコンクールなどは今なお大盛況である。


 このマリネラは、リマの下町で、18世紀頃に庶民の音楽文化の中からサマクエカと呼ばれる音楽として産声をあげた。当時リマの下町は、落ちぶれた白人や黒人奴隷、先住民やそれらの混血など、雑多な文化の混ざり合う場であった。この中から登場したサマクェカは、18世紀当時、リマの上流階層からは卑猥で下品な音楽として蔑まれた。結果、当時のサマクェカはペルーでは失われてしまい、現在踊られているものは20世紀半ばの黒人文化復興運動の中で復活させられた新しいものである。ただ当時の風俗を描いた絵画などにサマクエカを踊っている男女のものが数多く見られることからも、この音楽が庶民の中で非常に愛されていたことがわかる。
 ペルーでは表舞台に出ることがなかったサマクエカは、近隣諸国での流行と発展によってペルー国内でも再評価され、受け入れられていくことになる。
 19世紀初頭にチリで大流行したことを皮切りに、ボリビア、アルゼンチンでもパーティーの花形となり、チリやボリビアではクエカ、アルゼンチンではゆったりとしたサンバという名称に変化しながらやがてはそれぞれの国で「国民音楽」とまで呼ばれるほど定着した。ペルーでは、チリで流行したころからチレーナと呼ばれて演奏されるようになり、チリの影響を受けたクエカが各地で発展した。
 では、なぜこのチレーナがマリネラと呼ばれることになったのか。その原因は、ペルーとチリの鉱物の採掘権を発端とする「太平洋戦争」にある。19世紀末のこの戦争で、ペルーは首都を踵翻され、鉱物資源の豊富な南部地方を割譲させられた。屈辱的な敗戦の後、ペルーを代表する音楽をもはや「チレーナ」などとは呼べないと、戦争で活躍した海軍にちなんで新しく「マリネラ」と名付けられたのだった。これ以後、マリネラはペルーの国民音楽と呼ばれるようになった。
 国民音楽マリネラは、ペルー国内で多様な発展を遂げた。ペルーの首都リマでは、黒人音楽的な特色を保ちつつサロン音楽に取り入れられた優雅なマリネラ・リメーニャが生まれた。北部地方では、起源を同じくしながら異なる発展を遂げたトンデーロの影響などを受けながらスピードの速いマリネラ・ノルテーニャが人気を集めた。またプーメやアヤクーチョなどの山岳部でも先住民色をより強く押し出したマリネラが踊られた。現在は北部のマリネラ・ノルテーニャが最も人気があり、特にトゥルヒーョがその一大中心地となっている。
 なお、マリネラのCDを買う際には、ブラスバンドのものも多く出回っているので、自分がどういうものを買いたいか、しっかり確認してから買うことをお勧めする。【そんりさvol.94(2005.3)】

「音楽三昧♪ ペルーな日々」は「ソンリサ92号」(2004.11.6)から連載しています。
過去のソンリサの一部はPDFで購読できます。
https://recom.r-lab.info/sonrisa/#164

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