音楽三昧♪ペルーな日々【82】 ラテンアメリカにおけるフェミニズムをめぐる歌の旅② 水口良樹

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 3 月 20 日にラテンアメリカ探訪で「スペイン語圏に学ぶ家父長制批判の ABC:搾取から
女性解放論を考える」と題して第 1 回イベント、「アルゼンチン:反植民地主義と身体」を
行った(話者はエビハラヒロコさん。第 2 回「スペイン:反資本主義と階級」は 4 月 24 日
を予定)。185 回を越える同会の中でも申込者数が 60 名を越えるというもっとも多くの人に
見ていただけるイベントになり、日本社会においてもこのテーマへの関心が決して低くは
ないことがわかって少しホッとしつつ、それでもなおこの状況である、ということの難し
さを改めて実感することとなった。
ラテンアメリカの根強い家父長的抑圧と日本のそれは似ているようで、背景や文化、意識
などのさまざまな面で大きな開きがあることを痛感するが、だからこそ、私たちは彼の地の
実践から学べることが多くあるのだろうとも思う。日本ではまだまだ問題として認知すら
広まっていないフェミサイド(女性憎悪殺人)は、日本でも実際広く見られる問題でありつ
つ、そういった統計もなければ、その視点に基づく報道もない(もしくは非常に少ない)。社
会がそういったまなざしを持つことを恐れ、女性への差別や暴力は女性の自己責任に転嫁
しようとしている気配を日々ビンビンと感じている。

iLe のアルバム Ilevitable

そんななかで、プエルトリコのシンガーソングライター、イレ(iLe、本名イレアナ・カブラ)が歌った「Temes(おまえは恐れる)」の PV は非常に衝撃的である。もともとメッセージ性が非常に高いラップユニット、カジェ・トレセ(Calle 13)のサポートメンバーでもあった彼女は、ソロデビュー後もカジェ・トレセ同様強いメッセージ性が大きな魅力の歌手となった。そんな中でも「Temes」は、男性が女性を恐れるが故、屈服させようとするその心理を歌っており、PV はあきらかにレイプされた女性がひとり残されるところから始まるショッキングなものとなっている。家父長制的抑圧は常に性暴力と一体化して女性を支配していることを告発する過激な仕掛けを突きつけられると、私たちは、自分たちがこの制度にどのように加担しているのかを突きつけられているかのように思って、たじろいでしまう。しかし、No を言わぬことは、その体制の容認/追認を意味し、それは差別と暴力が続いていくことを認めることを意味する。そのことの重要性が否応なく眼前に立ち現れ、見る者を揺り動かさずにはいられないのだ。
夜道で襲われる女性の恐怖という現実は、前回紹介した曲でも繰り返し登場する、女性たちを取り巻くリアルな恐怖を正面から描き、ないことにはさせないという作品群である。
ロサンジェルスで活動するチカーノ・トリオ、エル・ハル・クロイ(El Haru Kuroi)も「ElCu Cui」でそうした女性の恐怖を描き出している。ククイとは、日本でいうと「袋のおっちゃん」など、いうことを聞かずに外に飛び出したりした子どもたちを誘拐する存在だ。PV を見ると、一見ナマハゲのような仮面をかぶった精霊的姿をしているが、歌の中で狙われるのは子どもではなく女性だ。夜道を歩く女性が、ククイにさらわれる。それが何をメタファーとしているかは言うまでもない。こうした現実があることを、そしてそれを放置している社会を、まずは可視化していく。
それはエル・ハル・クロイの「Ella(彼女)」でも同様だ。高級住宅街で働く褐色の肌のラテン系女性は、早朝から夜遅くまで人の家のあらゆることを行った後、夜遅くに帰宅すると、家で待つ彼女のこどもたちとようやく向かい合う。女性の中にある階級と搾取の構造がここでは強烈に描き出されており、その中でそれをとにかく日々こなしながら生き延びているたくさんの透明化された「彼女」たちによって富裕層の豊かな日々が営まれていることを描き出されている。

エル・ハル・クロイのアルバム Sabung

また、今年チリのビジャ・デル・マル音楽祭で銀のカモメ賞(金賞)を受賞したペルーのミレナ・ワルトン(Milena Warthon)の「Esta soy yo(これは私)」も、リマで住み込みの家政婦として働く少女たちが学校にも通えなかったり、性暴力を受けながら逃げ場のない生を送らざるをえなかったりする状況を歌い、その問題の深刻度が伝わる内容となっている。
こうした女性をとりまく状況と闘うラッパーとしてもう一人あげておきたいのは、エクアドルのラ・マフィアンディーナだ。タキ・アマルと DJ ミックが女性への差別や暴力を告発し可視化し、闘っていくために結成したという非常に闘争的性格が強いだけでなく、スペイン語とキチュア語という二言語で歌われているということも、非常に重要な問題だ。
「Warmi Hatari(立ち上がれ女性)」の中では、女性を支配・所有しようとするために愛が使われることの告発、そしてメディア、暴力、国家、経済、政治といったあらゆるものが家父長制の下での差別と暴力、女性の疎外を正当化するために機能していることを示し、目覚め、連帯し、行動に移していくことで、家父長社会とその中で作られた自分を解体していくことを歌い上げている。

アナ・ティジュのアルバム Antipatriarca


家父長制への反旗の歌としては、チリで活動するラッパー、アナ・ティジュによるそのものズバリのタイトル、「Antipatriarca(反家父長制)」という曲がある。自律したプロタゴニスタ(自らの人生の主人公)としての自分を取り戻すことを、どう生きるのか、何がダメなのかを、明確に輪郭を描きながら提示している。
それによって、従うもの、劣ったものではなく、対等で、自律して、自分自身の生を生きることができる一人の全うたる人間として生きることを宣言している。
1973 年のチリのピノチェトによる軍事クーデターとその後の弾圧を逃れてフランスに亡命した活動家の娘として生まれたアナ・ティジュは、民政移管した後の 1993 年にチリに帰国、ヒップホップを使ったプロテストラップを武器に、チリが抱える数多くの問題を告発しており、チリの社会運動や先住民運動と連帯しながら活動を続けている。
今回は各国の 21 世紀の作品を中心に気になるものを紹介させていただいた。次回はペルーの作品を中心に紹介していければと思っている(もし気が変わったら申し訳ありません)。
ぜひ、今日ご紹介した曲を YouTube でも試聴してみて欲しいと思う。【そんりさvol.184(2023.4)】

「音楽三昧♪ ペルーな日々」は「ソンリサ92号」(2004.11.6)から連載しています。
過去のソンリサの一部はPDFで購読できます。
https://recom.r-lab.info/sonrisa/#1

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